SMOKE STILL COMES OUT

ここは倒壊したワールドトレードセンターから1ブロック北側の交差点。警備にあたるNYPDの警官の後ろに、煙がわきあがっています。既にあの事件から13日目だというのに、煙はやむ気配すらありません。

あそこに巨大なツインタワーがあったのに、信じがたい現実です。

倒壊の瞬間、このとおりであの惨事を目撃した人々は、こちら側に向かって、必死で非難しましたが、追ってくる瓦礫と土煙にすぐに追いつかれてしまいました。しかし、ジェット燃料の炎に襲い掛かられるよりはるかにましでした。

この周辺でコンビニを営むユダヤ人のおじさんが見せてくれた、瓦礫の山にころがる、ハイジャックされたボーイングの車輪が事故直後の生々しさを伝える。


3つの公権力がひとつのファインダーに

中央の黒い警官服はニューヨーク市警察(NYPD)、その右側の茶色のシェリフのユニフォームがニューヨーク州警察、そして迷彩服が海兵隊員です。自由と民主主義の国アメリカの中心地のほんの一角に銃を携えた3つの公権力が結集している光景は目を疑うばかりです。

ここは冷戦下のモスクワではありません。戒厳令が発動された政治不安の民主化途上国でもありません。ここはニューヨークです。

この通りの西側にはニューヨーク市役所があり、その奥がニューヨーク市警察本部ですが、日ごろは出入りが自由で解放的なこれらの庁舎も身分証明書と明確な目的がなくては、単純な見学では、入れません。

移民が常にいろいろな手続きや相談に訪れるこれら行政機関も、人手が被災地周辺に出尽くしているため、窓口は閉鎖。事実上、機能していない様子でした。


チェンバー通りブロードウェイ以東は通行制限

ブロードウェイから東側、チェンバー通りから南側はロードブロックされて自動車は通行禁止、徒歩による通行も制限されていて、この2人のニューヨーク市警のおまわりさんにパスポートを見せなければ通り抜けることは出来ません。

チェンバー通りの商店はほとんど店じまいしており、通りひとつで人通りも激減。まるでゴーストタウンのようでした。道路にはセメントを砕いたときにでるような白い粉がまだまだ火山灰のように道路を薄く染めています。

決して、物見遊山では通行する雰囲気ではありません。

まちは一見、元気なのに、何かが大きく違っています。こんなニューヨークは私も、もちろん初めてです。一日中、マンハッタンを歩き回ったせいもありますが、言葉に出来ないほどの精神的な疲労感に襲われました。

■ 被災地レポート

1/UNITED WE STAND=団結して立ち上がろう
2/SQUARES=広場(タイムズ&ワシントン)
3/PRAYERS=祈り(献花に訪れる人は絶えない)
4/MEMORIES=想い出(突然いなくなった貴方へ)
5/ONE BLOC TO WTC=ワールドトレードセンターへ1区画/このページです。
6/ON THE STREETS=マンハッタンの街角で
7/WHITE HOUSE FAR AWAY=遠きホワイトハウス

編集後記


▲ページトップへ